東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故が大変深刻な状況であるが,筆者はチェルノブイリ原発事故直後から物理の授業で『原子力とは何か』というテーマで,その時々の話題も含めながら原子力発電について生徒に紹介してきた。物理選択者の減少や,前の学習指導要領改訂に伴う物理Uの置かれた状況から,教科書のすべての内容を扱った後で,更に原子力発電に触れることは大変厳しい状況であったが,なんとか継続することができた。私自身,可能性としては有り得ても本当に起こるとは考えられなかったような規模の原発事故をうけて,放射線や核反応・核エネルギーについて学んだ物理選択の生徒に,少し踏み込んで紹介する必要性はますます増加していると考える。年度により内容や割ける時間は異なるが,生徒に考える資料として提示する内容や放射線計測実験はほぼ共通である。昨年度(2010年)のものを具体例として紹介する。
まず,物理Uの置かれた現状から,原子核や放射線・核反応・核エネルギーの含まれる「原子と原子核」の分野自体を授業で扱うことが多くの学校で困難な状況である。というのは殆どの学校が,物理Uは3年生の履修で,現行学習指導要領では,「物資と原子」と「原子と原子核」の分野はどちらかを選択して学習することもできるとなっているため,大学入試と学習時間の関係から気体分子の運動・気体の内部エネルギーの含まれる「物資と原子」までで授業を終了するためである。大学進学希望の多い生徒をかかえる学校では,教科書的な内容を11月末までには終了して,12月はセンター試験対策に当てなければならないのが現状である。高校生全体として見た場合は,授業で物理Uの「原子と原子核」まで学べるのは,かなり限られた生徒である。したがって,殆どの生徒にとっては,「放射能」と「放射線」の言葉を正しく理解することは困難な状況だとも思われる。原発事故の深刻な状況にあって現状を正しくとらえるためにも,物理選択の有無に関わらず放射線や核エネルギーについて,その年令に応じた内容を学校で学ぶ必要性は大きいと思われる。新しい学習指導要領では,物理基礎で放射線や核反応・核エネルギーを扱っているが,限られた履修単位数でどこまで触れられるか大変心配である。
3年生の物理Uですべての内容を終えた後の11月下旬に行なってきた。12月に入ればセンター試験対策に追われるので,11月最終週に実験1コマ+授業1コマという場合もあったが,少なくとも1週間のコマ数を確保するように計画した。従って,それまでに気体分子運動や熱力学,半導体,光や物質の粒子性・波動性,原子の構造,放射線,核反応,核エネルギー等を終えていなければならないのでかなり厳しい日程となる。
例年B4用紙裏表印刷で5枚程度の資料をもとに授業を行って来た。昨年度(2010年)のものを具体例として紹介する。ページごとに扱った内容をキーワードで示した。この項目をすべて解説していると言うわけでは無い。この資料をもとに各自で学習して欲しいという期待を込めた資料である。
p.1
ウランの産出国,濃縮ウラン,低濃縮ウランと原発,高濃縮ウランと原子爆弾,ウランの値段,ペレット,燃料棒,ジルコニウム合金,ウラン燃料の輸送,中性子源,連鎖反応,プルトニウム,死の灰
p.2
制御棒,緊急炉心冷却装置(ECCS),メルトダウン,燃料棒の大きさ,作業員の被曝,下請け作業員と正社員,原発ジプシー,定期検査,燃料棒交換,稼働率,低レベル放射性廃棄物,高レベル放射性廃棄物
p.3
使用済み燃料棒の冷却,キャスク,燃料棒の海上輸送,再処理工場,プルトニウムの危険性,プルトニウムと核兵器,再処理工場での事故
p.4
廃棄物の最終処理,ガラス固化,地層処分,青森県六ケ所村,自転車操業,原子炉の寿命と最終処理,沸騰水型原子炉(BWR),加圧水型原子炉(PWR),柏崎刈羽原発はABWR,核燃料サイクル
*この項目は,引用文献 4)中の挿絵を中心に用いている。イラストで原子力発電のプロセスや問題点がイメージしやすい。
体外被曝,体内被曝,見えない恐怖,身体的影響,遺伝的影響,放射線障害の四大特徴,早期障害,晩発障害,広島・長崎被爆者の症状,食物連鎖,生物濃縮,体のどこに蓄積されるか,放射性物質と放射線,半減期
*引用文献 9),10) を用いた。
スリーマイル島原発事故時の新聞見出し
チェルノブイリ原発事故時の新聞見出し
中越沖地震後の東電柏崎刈羽原発再稼働議論(朝日新聞2007.11.19)
日本の原子力発電所の立地点(2009)(エネルギー白書より)
主要国の電源別発電電力量の構成比(原子力・エネルギー図面集2010)
*新聞見出しは,引用文献 4) からとった。当時の現地の雰囲気が伝わってくる。
*この項目の内容は,引用文献 3)による。
放射性廃棄物をどう処分,輸入品汚染の影響度,運転員ミス大丈夫?,寿命が来たその後は,ほんとに安い電力か
*原発推進派・反対派の考えが明確にわかるように併記してある。チェルノブイリ原発事故2年後の1988年の特集記事であるが,問題点は今日もほとんど変わっていない。
建設は後世にツケ回す行為,巻町だけの問題でない,「安全」ならば東京に建設を,全基ストップさせたいです,不安解消まで建設をやめて,やめたらどうするか議論を,現段階で最も頼れる熱資源,「快適さ」確保早期建設希望,なぜ教育訓練しないのか,安全さ冷静に考えて対処を,広島長崎を忘れぬように
*原発建設の是非を問う自主管理投票で反対派が圧勝(1995.2.5)した翌月の地元県民の投稿意見であり,当時の状況が伝わってくる。建設推進派・慎重派・反対派の意見をバランスよく掲載している。
(朝日新聞2009.11.5)
10年遅れの出船,前途多難,省資源性低く高コスト,世界は「脱サイクル」
(読売新聞2009.11.6)
核燃サイクルやっと一歩,トラブル続き10年遅れ,再処理・MOX工場延期,定着へ課題山積
*例年部分的に内容の入れ替えをしているが,この年は「プルサーマル問題」を取り上げた。地元柏崎原発でも問題となっていて,生徒にとっても聞いたことのある話題のはずである。大きく取り上げなかったが,地元原発に降りかかった問題として,「中越沖地震後の東電柏崎刈羽原発再稼働議論」についてはp.6で小さく触れた。見出しからも読み取れるように新聞社によって論調が異なる。複数の新聞に目を通すように指導している。
例年,(財)日本科学技術振興財団から放射線計測器「はかるくん」20台(生徒2人に1台,1クラス分)と実験用線源セット5組(4人×5班の1クラス分)を借りて放射線計測実験を行っている。もっと多くの台数を借りることも可能だが,管理が難しい。50分授業の学校では2コマ,65分授業の学校では1コマを割いた。65分1コマの場合は,計測器の原理や使い方,実験方法等を説明して,実験をすべて終了させるのはなかなか厳しい。測定回数を減らして対応した。
実験項目は以下の通りである。
実験1:「はかるくん」の使用方法
実験2:バックグラウンド放射線の測定
実験3:線源からの距離と放射線量との関係
実験4:線源からの放射線としゃへい材の減衰率
実験5:しゃへい材の厚さの効果
*使用した実験プリントは,同じ学年を一緒に担当した物理同僚教員が作成したものである。
センター試験対策演習に入る前の11月最後の授業では,ここ数年は理化学研究所作成のビデオ『元素誕生の謎にせまる』(34分)を見せながら授業アンケートの記入を求めている。今回の項目に関係する質問に対する生徒の感想を以下にあげる。最後の私のまとめよりも,生徒の感想のほうが多くを語っていると思われ,重複する内容でも出来るだけ多く掲載した。今後の物理の授業をどうすすめたらよいか考えるヒントも隠されているように感じる。
[質問1] 多くの大学の入試範囲は分子運動論を含めた熱力学までですが,10月以降に学習した原子・原子核分野について学習した感想を聞かしてください。
・原子は想像することが難しくて最初は大変でしたが,話にはすごく引かれました。もともと核爆弾や原発などについて深い知識が欲しかったのでいい授業だったと思います。
・中間考査のために問題を解けるようにならなくてはならないのは苦痛だが,話の中身は深いし,化学につながるものもあって面白かった。
・二次試験に出ないので,この分野を演習する時間を他の教科に回したいという気持ちがあったことは否めないが,個人的には一番好きな分野でした。星や光や宇宙に興味があるので受験終わったらゆっくりやりたいと思います。ラウエ斑点がすごくきれいだと思いました。
・正直,私は受験に必要なかったので,他の学校と同じように片方だけにして欲しかったです。
・原子・原子核の分野はとても興味深いし,政治や社会の出来事を理解する上でも重要だと思う。ただ,できれば大学の入試範囲の勉強をしたかったと思う。
・確かに受験には使えないが,その先を見越して考えると大変有意義な時間だったと思う。
・入試範囲外ということで気楽に学習に臨むことができました。α・β崩壊,核分裂,核融合が興味深かったです。
・受験勉強の息抜きとして楽しく授業を受けることできてよかった。理系としての常識を身につけることができた。
・入試範囲ではないことで,逆に楽しめた。
・受験のことを考えると厳しい面もあったが,原発についての問題など現代社会の問題にも関わる分野だから学習できてよかったのではないかと思う。大学でこの分野を学ぶ機会があれば,学んだことをつなげて行きたい。
・原子の分野は多分入試には出ないけれども,社会に出たときに知らないと恥ずかしいので学習して良かったです。この分野は,自分の起源を知るのに役立ちました。
・直接入試には出題されないが,医学にも密接に関わる分野なので,学ぶことができて良かった。今後の癌治療は,抗癌剤とともに放射線治療も主流になっていくと思うので,しっかりとその危険性もわきまえながら学習したい。
・余裕がないのにこういうのをするのは少ししんどかったが,面白かったのは間違いない。知っておくべきことだと思う。
・今までの物理の学習とは一風変わった分野で,本当に奥が深い分野だなあと思った。
・興味があった。でも,詳しくやりすぎな気も。でも教養としてやっておくのは絶対いいこと。おもしろかった。
・どうしても他の分野は入試問題を解くことに集中してしまい,技術への応用という観点で見ることが出来なかったが,原子力発電の原理などを通して,物理がいかに応用されているかというのを理解することができたと思っている。
・E=mc2 という有名な式を今まで分からなかったので,これをきいたときは,アインシュタインはすごいと思いました。先人たちはすごいです。
・意外と面白かった。新しい世界を学んだ気がした。
・正直,難しくてよく分かってないのかもしれないけれど,ビデオの内容やガイガーカウンター,E=mc2 などにはとっても興味を引かれました。物理大好き! 超大好き!
・難しくて理解がなかなかできない分野だったけれど,興味深くて面白いと思った。
・とても興味深かったです。大学に入ったら改めて勉強したいと思いました。
・中学では原子は変化しないといわれてたが,崩壊したりするのを知ってびっくりした。
・「原子は他の原子に変化しない」と教えられていたので,初めて虚数について学んだ時のような,だまされたような大きい驚きがあった。
・正直一番興味がわいた分野で,入試に出ないためにあまり力を入れられないのが残念だった。ただ,一番不満を持ったのは,「高校物理では理解できない」というところで,一番知りたいところが分からなくて少し悔しいとは思った。また機会があったら学べたらなと思う。
・物理の中では原子分野が一番おもしろい分野だと思う。学習してよかったと思う。
・難しい。物理は全範囲難しい。しかし,放射能や原発は身近なものであり,勉強してよかったと思ってます。
・中学の時に疑問を持っていた分野がこれだったので,一つ一つ疑問が解消されていく感覚は非常に喜ばしく,自分は何か高尚な感じがした。
・中3の時,広島に行って式典に参加したりした時勉強したことがより深く理解できたように思う。
・今まで学んだ力学,電磁気学,波動などについての理論がすべて集約され,また新たな分野が登場した複雑な分野だが,その一部を学ぶことで現代の物理学に少し近づくことができたと思う。
・原子・原子核分野は元素の誕生に関係したり,現在私たちが利用している核エネルギーについて考える機会になるのでとても必要だと思う。また勉強の面でも,化学で学んでも分からなかった原理が物理で学んで分かるようになったり,より多くの側面から理解を深めたりすることが出来るようになったので楽しかった。
・質量がエネルギーに変化するという現象が興味深かった。ダイナマイトのように,発明されてすぐに原子爆弾が兵器として利用されることに現実の悲しさがあると思った。
・先生のおっしゃる通り,多くの学生が学習できないことは不幸だと思うほど,おもしろい分野だし,全ての源なのだから,さわりでも学習できて良かったと思います。力学よりもこちらを詳しくやりたかったです。
・先生が多くの資料をくれたので,いままでの科目の中で一番身近なものだと感じた。
・中学の理科では感じられなかったロマンを感じた。
[質問2] 放射線や核エネルギー,原子力発電の原理を学習して考えたことは。
・柏崎刈羽原発を擁する新潟県に住んでいながら,原子力発電の詳しい方法を知らなかったが,こうして学ぶことができ,有意義だったと思う。
・新潟県民として今まで原発に関しての知識が全然無かったが,基本的な知識を学んで危険性が分かった。身近な所にも放射線があるとは知らなかった。
・新潟県にも原発があるので,身近なこととして学習できた。放射線は人体に大きな害を与えるだけでなく,差別の話もあって,人の人生に大きな影響を与えるということが分かった。恐いと思った。
・巻に住んでいるのに巻原発について何も知らないので,インターネットなどで調べてみたい。
・入試範囲外だからって軽い気持ちで聞いていたが,とても興味深く,また新潟に住む人間である以上,あまり自覚は無いが,身近な問題なのだと思った。
・放射線というと,ただ恐ろしいものとか,漠然としたイメージが強かったが,常に放射線をあびていたりしていることが分かった。
・原子力発電がどういうふうに発電しているかということは,今まであいまいであったが,学習したことによって,どうやってエネルギーが放出されているかが分かった。
・新聞に出る原子力に関する記事の意味が少し分かってよかった。
・放射性廃棄物の処理方法など技術が足りないままに,原子力発電を急いで始めすぎたのではと思いました。
・原子力発電のことは高校で初めて詳しく習った。危険ということはなんとなく知っていたが,しっかりした理由が知れて良かった。
・原子力発電所の体制の現実を知り,失望した。
・体内被曝など,放射線は防ぎようのない害をもたらすということがわかったので,原子力発電所を稼働するときはもっと安全確保を徹底してほしい思った。
・枯渇する化石エネルギーや環境への配慮もあるけれど,被爆者の差別問題も考えて,なんとかもっと安全に原発を使える方法はないか。
・なんとなく危ないということだけしか知らなかったから,学習できてよかった。問題は多いのだなあ。
・今までは漠然と危険な物と感じていた原発について理解が深まった。放射線や死の灰など,処理をするのは自分達なのだと考えると怖い気がした。
・放射線は危険なものというイメージだけがありましたが,今まで具体的にそれがどういうものか分からなかったので,少しでも学べてよかったです。
・放射線の生命体への影響がまだはっきりと分かっていないにもかかわらず,原発を運転していることに恐怖を覚えた。
・便利な半面,危険も多いから,原発の利用は避けたほうがいいと私は思う。発電に関して言えば,太陽光や風力等,安全で環境にやさしい方法が好ましいのではないかと,原子力分野の学習を通じて思った。
・原発の一番の問題点は核廃棄物の処理だが,未来に迷惑をかけない処理方法を考えなければならないと思う。
・歴史が好きなので,広島・長崎の惨劇をよく知っている。今現在,北朝鮮やその他の強国も皆核兵器を所有している。核戦争が起これば,人類だけでなく地球も確実に崩壊するだろう。そのような事態を防ぐために,我々のような若い世代がその危険性を後世に伝えなければならない。
・これらの技術は人間の生活を便利にするのに重要なものだと思った。しかし,扱うには多くの問題があり,それらの問題を全て克服しなければならないため,これからは技術者だけでなく,多くの人の意見,理論を取り入れ,本当に安全な技術を生み出さなければならないと思う。
・思った以上に研究や技術が進んでおり,原発は安全だと思った。ただこれらの研究は,本当に多くの犠牲のもとにあるのだと,同時にひしひしと感じた。
・正直何が正しいのか良く分からない。どんな記事も書く人の主観が入っていた。中立的な観点から見ることができない。そのような問題に関して,記事を書く人,意見を言う人が,専門的にその分野について学習しているとは思えない。
・放射線の怖さを改めて感じた。原発は確かに必要だとは感じたけど,個々がしっかりしなきゃいけないなと感じた。
・思ったより,仕組み自体は単純だった。
・意外なことばかりだった。もっと詳しく知りたいと思った。
・原発設備の点検などは人の手を用いているので,その仕事に従事している人の健康は保たれるのかが気になった。そのような人々が少なからず被曝していることは知らなかった。
・チェルノブイリ原発事故の現代に及ぶ被害の様子は強烈だった。
・安全面に問題があるにもかかわらず,原子力発電は地球温暖化防止の面などから重要であると思う。管理徹底のために,しっかりとした規則を定めなければいけない。
・ここまで原子とかがよく研究されて,原子力発電とかが出来るようになったのも,初めは戦争などの武器のためで,なんだかなーと思った。
・現在の生活を維持する際に,そのために行われている発電は,日常的に感じられないが,常に危険が潜んでいる。生活のための営みによる自滅という皮肉な事態が起こらなければよいが。
・原発は,二酸化炭素を出さなくても,安全性の問題,廃棄物の問題など,まだまだ課題がたくさんあると改めて感じた。
・人間には手に負えない様な技術である気がするが,それでも研究していかなければいけないのでしょうか。実用するような段階じゃないのでしょうか。
・将来,世界はどうなっていくのか。
・理論を追求するだけでは,その裏にある危険を防ぐのは難しいため,今実際に原発に関する色々な問題が発生しているとわかった。そのため,より広い視野で,例えば社会・経済・倫理などの問題を考慮した上でこれからの学習に取り組むようにしたい。
・原子力発電は確かに効率で言えば他の発電方法に比べてはるかに良いが,安全性を考えると止めた方がよいと思った。また,先生が説明して下さった原子爆弾や水素爆弾などの核兵器がもたらす影響についてもより深く触れることが出来たので,これから生活していく上で,とても大切な事を学べた。
・現代では様々な分野で放射線が利用され,その成果も素晴らしいと思う。しかし,多くの危険があることを世間一般の人が深く理解していないのではないかと感じた。平和に安全に利用してこそのものだと思うので,小学校や中学校でもっと教育すべきだと思った。
・原子力を平和利用するに至って半世紀近くがたつが,私たちはその力を手にするには早すぎたのかもしれない。
・原子力を用いての発電は大変有効なものであるが,一方ではリスクを背負うことになってしまう。便利な生活をとるか,安心安全な生活をとるかの選択は難しいかもしれない。
・原子力発電は我々の子孫に放射性物質の処理を後回しにするものだ。我々は次の世代に対して我々と同じような環境を享受させる責任がある。
・どうにか核融合発電を実現できないかしら。できないんだろうな・・・
他のほとんどの科目で入試準備で追われる時期に,入試には直接結びつかない内容を勉強することについてどう考えているのか探りたくて,前項の[質問1]をしたが,否定的な意見はほとんどなかった。むしろ興味をもって学習できたという記入が多かった。[質問2]についても,こちらが想定した以上に生徒は考えていることが実感できた。
原子力発電と今後のエネルギーのことを考えようとすると,物理にとどまらない広い分野の知識と考察が必要になり,生徒と同じように,何が本当で何が嘘なのか分からなくなってくる。地球温暖化は事実なのか,二酸化炭素の影響は,原子力発電の二酸化炭素削減への寄与はどの程度なのか,放射線の影響に関しては生物の知識も必要となり,放射性物質については化学の知識も必要となる。原発事故後の放射性物質の拡散については気象や海洋・土壌についても理解がなければならない。なぜウラン燃料による原子炉なのか,本当に経済的に成り立つコストなのか,人類の歴史を超えるであろう放射性廃棄物の管理は,等々,自然科学だけでなく歴史・政治・経済の分野にも広がり,最後は文明論にまで行ってしまう広大な問題である(参考文献1,2,3)。まさに総合学習の恰好の題材かもしれない。そうなるととても私の手に負えるものではないが,高校の物理を目一杯学んだ範囲で考えるきっかけになればと考えている。幸い生徒の感想では,入試準備に忙しい時期ではあってもこの程度の時間をとることに否定的な意見はほとんど無かった。世界トップレベルの巨大原発立地点を抱えた新潟県民としても,どこかで判断を迫られる問題である。問題点を問題点と正しく捉えられる生徒に恵まれた幸せな教員なのかもしれない。生徒の今後の更なる学習と考察に期待している。
参考・引用文献 1)槌田敦:石油文明の次は何か,農山漁村文化協会(1981) 2)槌田敦:資源物理学入門,日本放送出版協会(1982) 3)槌田敦:石油と原子力に未来はあるか,亜紀書房(1987) 資源物理の考え方[増補] 4)広瀬隆:東京に原発を!,集英社(文庫)(1986) 5)日本物理学会編:原子力発電の諸問題,東海大学出版会(1988) 6)大友詔雄・常盤野和男:原子力技術論,全国大学生活協同組合連合会(1990) 7)日本科学者会議編:さし迫る原発の危険,リベルタ出版(1992) 8)福島達夫・近津経史・宮崎一郎・川上義昭 編:「原発」をどう教えるか,労働旬報社(1989) 9)神奈川県高教組「原子力読本」編集委員会:原子力読本 高校生の平和学習のために,東研出版(1985) 10)神奈川県高教組「原子力読本」編集委員会:原子力読本 partU チェルノブイリは警告する,東研出版(1989)